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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)3219号 判決

控訴人 岩崎定男

右訴訟代理人弁護士 西岡文博

坂本誠一

小林実

清水京子

被控訴人 埼玉県信用保証協会

右代表者理事 野嶋隆

右訴訟代理人弁護士 木村一郎

被控訴人 滝野川信用金庫

右代表者代表理事 浅香誠之助

右訴訟代理人弁護士 荒井秀夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の被控訴人埼玉県信用保証協会に対する当審における予備的請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  本件手形割引に至るまでの事実関係

1  引用に係る原判決事実摘示請求原因1ないし5(被控訴人協会との関係では、2(一)(2)を除く。)の事実は、当事者間に争いがない。そして、鈴木が本件各手形を訴外会社から取得したこと及び右は営業上の取引によつて取得したものではないこともまた、当事者間に争いがない。

2  右争いのない各事実に、≪証拠≫を総合すると

(一)  鈴木は、個人でポンプの製造販売、機械の設計等をしていたところ、控訴人は、昭和五一年六月ころ、かつて鈴木に世話になつたことがあることから、同人が被控訴人金庫と信用保証付手形割引約定を締結する際連帯保証人となつたが、その一年後の更新に際し、改めて本件連帯保証契約をしたものである。

(二)  鈴木は、ポンプ製造販売が不振となつてきたことから、昭和五二年五月ころ、いわゆる休眠会社買取りの方法によつて会社組織に切り替えた上、軽合金、アルミ類の加工販売業を始めた。これが訴外会社であり、実態は鈴木の個人会社ともいうべきものであるが、控訴人は、鈴木から頼まれて、員数確保のため、名目的にその取締役に就任した。

(三)  鈴木は、昭和四六年ころから被控訴人金庫蕨支店と当座取引を始め、同金庫から手形割引等の方法で資金を調達するなどしていたが、訴外会社による取引は、昭和五二年九月ころから始め、同年一一月二八日までに合計約四〇〇万円の手形割引を受けた。

(四)  訴外会社は、取引先の三喜機工株式会社から本件手形二通を融通手形として受け取り(訴外会社においても、同額面の手形を三喜機工に交付。手形騎乗)、原判決別紙手形目録記載一の手形は同年一二月二一日に、同二の手形は昭和五三年二月二七日に被控訴人金庫蕨支店に持参し、割引方を依頼した。しかし、同支店の担当者中野正良から訴外会社の依頼では与信限度の関係で割り引けないから鈴木個人の信用枠を使うよう指示されたので、鈴木は、訴外会社から、何らの営業上の取引を伴うことなく、個人として裏書を受けた上、被控訴人金庫から手形割引を受けた。

(五)  中野は、昭和五二年一月から被控訴人金庫蕨支店にあつて融資担当支店長代理をしていたが、その当初から鈴木との取引を担当し、鈴木が個人企業から会社組織の営業に切り替えたことも知つていた。しかし、個人が法人組織による営業に改めた場合には、実績の点で法人に対し十分な与信ができるまで取引を法人と個人の二本立てにし、法人の持ち込む手形を適宜個人枠を使つて割引いていたところ、訴外会社から本件手形の割引を依頼された時も、代表取締役たる鈴木個人の信用枠を使用するように勧めた。

(六)  なお、被控訴人金庫蕨支店においては、右(四)に並行して、訴外会社の依頼により、その割引枠をもつて、昭和五三年五月一〇日までに合計約五〇〇万円の手形割引をしている。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。

二  共同不法行為を理由とする被控訴人両名に対する請求の当否

1  控訴人の被控訴人金庫に対する保証責任について

右一の経緯によつて本件各手形の割引を受けた鈴木が被控訴人金庫に対し負担するに至つた債務につき、控訴人に保証責任があるかどうかが争われているので、以下検討する。

まず、鈴木が昭和五二年六月一五日被控訴人金庫との間で締結した信用保証付手形割引約定には、割引手形の範囲として、鈴木が営業上の取引によつて正当に取得したもので、金融を受ける手段として第三者から交付された手形でないことが取り決められている(前記争いのない請求原因3(一)(2))ところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証(信用保証付手形割引約定書)によれば、その契約書上の文言は、「この約定によつて割引を受ける手形は、すべて私(注・鈴木)が営業上の取引によつて正当に取得したもので、金融を受ける手段として第三者から交付された手形ではありません。」という差入れ方式になつていることが認められる。

ところで、本件各手形のように、鈴木の個人会社ともいうべき訴外会社の信用枠の都合で、鈴木個人の枠を使うこととし、訴外会社から便宜裏書を受けた上、被控訴人金庫に割り引いてもらつた手形までも、右取決めに係る割引手形の範囲に含ませるときは、いかに鈴木の個人会社とはいえ、その間に営業上の取引という実態のない手形である以上、控訴人の保証責任はその危険性が増大することになるから、保証人たる控訴人と被控訴人金庫との関係においては、右取決めを文言どおり解釈し、本件各手形は、割引手形の範囲外のものであるとするほかはない。その文言が一方的な差入れ方式になつているからといつて、この解釈を動かすことはできないし、鈴木個人の信用枠を使うことにしたのは、被控訴人金庫の指示によるものであるゆえ、控訴人の連帯保証が右の取決めにも及ぶからといつて、以上の解釈の妨げとはなるものではない。主債務者たる鈴木にしてみれば、個人取引と会社取引とを厳格に区別することに特段の関心はなかつたかもしれないけれども、保証人たる控訴人としては、その点はやはり重大な関心事であるから、右の取決めを緩やかに解釈することはできない。また、控訴人の訴外会社取締役就任は名目的なものにすぎなかつたのであり、控訴人が鈴木個人のため連帯保証したのは、訴外会社が被控訴人金庫と取引する数箇月前のことであるから、控訴人が訴外会社の取締役をしていたことをもつて、右の取決めを緩やかに解釈することもできない。

なお、原審における控訴本人尋問の結果によると、控訴人は、自分が保証責任を負う割引手形の範囲につき、被控訴人金庫との間で、甲第一号証の約定書とは別個に取決めをしてはいないこと、訴外会社の取得した手形については保証する意思のなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

以上によれば、本件各手形は、控訴人と被控訴人金庫との間で取り決められた割引手形の範囲外のものであるから、その手形割引に係る鈴木の債務については、控訴人は、被控訴人金庫に対し、保証責任を負担するものではない、というべきである。

2  共同不法行為の成否について

前示一2の認定事実によれば、被控訴人金庫蕨支店の担当者中野は、本件手形は訴外会社が取得したものであり、鈴木は個人の信用枠を使用して割引を受ける便宜上裏書譲渡を受けたにすぎないものであることは十分知悉していたが、右は個人取引から法人取引へ移行する段階での信用供与として前示信用保証付手形割引約定の範囲内のものであると信じていたものと認められる。

また、本件手形が、訴外会社が三喜機工から交付を受けた融通手形であることについては、被控訴人金庫が本件手形割引の前後において訴外会社の依頼を受け入れ、鈴木個人の信用枠を使用しないで直接割り引いている前記認定事実に徴すると、被控訴人金庫(担当者中野)は本件手形が通常の商業手形に比し期日に決済されないおそれのある融通手形であることを知つていたので、直接割り引くのをやめ被控訴人協会の信用保証のある鈴木個人の信用枠(訴外会社と被控訴人金庫との取引について被控訴人協会の信用保証のなかつたことは、≪証拠≫によつて認められる。)、すなわち鈴木との本件信用保証付手形割引約定に基づく手形割引を利用したのではないかとの疑いが生じないわけではないが、右事実から直ちに被控訴人金庫において訴外会社が本件手形を融通手形として取得したものであることを知つていたと断ずることはできないところであつて、他に右知情の点を認めることのできる証拠はない。

そうであれば、被控訴人金庫が被控訴人協会に対し信用保証の履行を求めた行為には、控訴人のいう欺罔の意思は認められず、被控訴人協会が信用保証委託契約の保証人たる控訴人に対し求償関係上の保証債務の履行を求めることがある旨予想していたとしても、控訴人に対し詐欺を構成するものではないというべきである。ちなみに、主債務者鈴木との関係において考えると、被控訴人金庫において、訴外会社の実績にかんがみ、鈴木個人の信用枠を使つてした本件手形割引をもつて取決めの範囲外のものとすべき筋合いはなく、したがつて、被控訴人協会に対する信用保証の履行請求も、別段とがめられるべきものではない。

被控訴人協会に対しては、控訴人は、過失により被控訴人金庫の道具となつて詐欺の実行を働いたのが共同不法行為であると主張する。しかしながら、右に見たように、その前提たる被控訴人金庫の詐欺が成立しないのであり、それゆえ、被控訴人金庫との共同不法行為ということはあり得ないから、控訴人の右主張は採用することができない。後にも詳しく説示するように、控訴人は、被控訴人協会に対しては求償関係上の保証責任がある(被控訴人金庫との関係におけるような割引手形の範囲に関する取決めはない。)のであるから、被控訴人協会が控訴人に保証債務の履行を求めることは、被控訴人金庫の詐欺(これが認められないことは、右に見たとおりである。)に加担するのでない限り、何らの不法行為も構成しない。

以上のとおりであるところ、ほかには、被控訴人金庫の被控訴人協会に対する信用保証の履行請求及び被控訴人協会の控訴人に対する求償権行使(保証債務の履行請求)は、それが控訴人に対する関係で著しく相当性を欠くという事情も認められないから、控訴人に対し不法行為を構成しないものというべきである。したがつて、被控訴人らの共同不法行為を理由とする控訴人の主たる請求は失当として排斥を免れない。

三  不当利得を理由とする被控訴人協会に対する請求の当否

1  被控訴人協会が、①昭和五四年一月二六日被控訴人金庫に対し信用保証の履行として本件手形割引の買戻債務一九三万四〇七五円の支払をし、②昭和六〇年四月一〇日までに控訴人から右の求償関係上の保証債務二一八万三〇〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

右②につき、控訴人は求償関係上の保証債務を負担していないと主張するところ、被控訴人金庫との関係においては、確かに、本件手形割引の買戻債務についての保証責任がないことは、前記二1において詳しく説示したとおりである。しかしながら、控訴人に右の保証責任がないのは、被控訴人金庫との関係に限定されるものであり、被控訴人協会との関係では問題は別である。原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証(昭和五二年六月一一日付け信用保証委託契約書)の各条項を子細に検討してみても、その第一条第一項において、鈴木は、単に、被控訴人金庫から「極度額三、〇〇〇、〇〇〇円也の手形割引をうけるについて」被控訴人協会に対し信用保証を委託したことが認められるにすぎず、二1で見たような割引手形の範囲に関する取決めは、被控訴人協会との間では全く認めることができない(同条第二項には、「前項の信用保証は、貴協会と金融機関との間に締結されている約定書によるものとします。」とあるが、右の「約定書」とは、鈴木及び控訴人と被控訴人金庫との間でその後に作成された甲第一号証(同月一五日付け信用保証付手形割引約定書)のことでないことは、文理上明らかであり、解説書等により一般に知られているように、個々の信用保証に共通する事項をあらかじめ包括的に定めた約定書のことである。)。被控訴人協会との間の信用保証委託契約と、被控訴人金庫との間の信用保証付手形割引約定とは、法律的には別個のものであつて、後に締結された後者の約定における割引手形の範囲についての取決めが当然に前者の契約内容になることは、決してあり得ないところである。これを反対に解するときは、控訴人のごとき保証人が、信用保証協会に対しては割引手形の範囲について別段の取決めのない信用保証委託契約の連帯保証をしておきながら、後に金融機関との間で右の取決めをした上、これを理由として信用保証協会の求償請求から免れうることになつて不当であるのみならず、信用保証協会としても危険が大きすぎて信用保証など引き受けられないことになる。なお、被控訴人協会との間で、甲第二号証による契約とは別に、割引手形の範囲に関する格別の合意があつたとは、本件の証拠上認めることができない。

信用保証協会に対する保証人と信用保証付融資をした金融機関に対する保証人とは、同一人物であるのが一般であり、本件もその例に漏れないものであるところ、これは、該保証人との間で信用保証協会の負担部分(民法第四六五条において準用する第四四二条参照)をゼロにする特約(甲第二号証の信用保証委託契約書第一一条参照)をするためのものにほかならず、同一人物が保証人であることの故に保証責任も同一でなければならないいわれはない。したがつて、本件において、被控訴人金庫との間の保証責任の範囲に関する前記二1説示の取決めが、被控訴人協会との関係にも及ぶことにはなり得ない。

以上のとおりであるから、控訴人は、被控訴人協会に対する関係では、二1説示のごとき取決めのない保証責任を負うものであり、わずかに、極度額三〇〇万円の手形割引という点のみが責任制限になる。したがつて、本件手形割引については、被控訴人金庫との間では前示のように保証責任がないけれども、被控訴人協会からの求償関係の上では、控訴人に保証責任がないということにはならないし、他に、右求償関係上の控訴人の保証責任を否定すべき事情は認められない。

2  ほかには、被控訴人協会が控訴人から金員の支払を受けたことが不当利得になるという理由は考えられない。

本件は、被控訴人協会において、被控訴人金庫からの弁済請求(丙第一号証)に応じ、主債務者鈴木の被控訴人金庫に対する本件各手形の買戻債務を弁済して信用保証の責めを果たした上、これによつて鈴木に対し信用保証委託契約に基づく受任事務処理費用の償還請求権(民法第六五〇条参照)を取得したので、右委託契約上の保証人たる控訴人から、右費用の弁済を受けたというに帰着する。要するに、受任事務を遂行した者として、委任者たる鈴木のため立て替えてやつた費用をその保証人から償還してもらつたというだけのことであつて、右費用の回収には、何ら不当性のないことはもちろんである。その間にあつて、被控訴人金庫に対し免責の主張をすることができたにもかかわらず、これをしないでかえつて被控訴人金庫とともに控訴人からの金員騙取を企てたという事情は、全く認められない。被控訴人協会の控訴人からの立替費用の受領が、正当な法律上の原因に基づくものであることは、多言を要しない。したがつて、不当利得を理由とする被控訴人協会に対する請求もまた、失当として排斥するほかはない。

三  よつて、控訴人の被控訴人両名に対する損害賠償請求を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、同じく被控訴人協会に対する不当利得返還の当審における予備的請求も棄却

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 安國種彦 伊藤剛)

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